コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

藤原楓麻呂 ふじわらの かえでまろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原楓麻呂 ふじわらの-かえでまろ

723-776 奈良時代の公卿(くぎょう)。
養老7年生まれ。北家藤原房前(ふささき)の7男。母は阿波采女(あわのうねめ)。天平宝字(てんぴょうほうじ)2年(758)西海道問民苦使(もんみんくし)となり,民の疾苦29件を上申宝亀(ほうき)3年参議。従三位にすすみ,大蔵卿,摂津大夫をかねた。宝亀7年6月13日死去。54歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原楓麻呂

没年:宝亀7.6.13(776.7.3)
生年:生年不詳
奈良時代の貴族。藤原房前と阿波采女の子。房前の第7子。楓万呂とも書く。天平宝字2(758)年に西海道問民苦使(「もみくし」とも)に任じられた。以後,右兵衛督,大宰府(太宰府市)の次官,右衛士督などを歴任し,宝亀3(772)年参議。この間,藤原仲麻呂の乱(764)での活躍で勲4等を得,道鏡が下野国(栃木県)へ左遷された際,その都落ちを促す役を務めた。

(増渕徹)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

藤原楓麻呂の関連キーワード問民苦使(もみくし)藤原園人藤原貞守藤原梶長没年公卿

今日のキーワード

ムガベ大統領

1924年、英植民地の南ローデシア(現ジンバブエ)生まれ。解放闘争に参加し、80年にジンバブエを独立に導いた。同年から首相、87年から大統領として実権を握り続けた。2000年以降は白人農場主の農園を強...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android