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藤原楓麻呂 ふじわらの かえでまろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原楓麻呂 ふじわらの-かえでまろ

723-776 奈良時代の公卿(くぎょう)。
養老7年生まれ。北家藤原房前(ふささき)の7男。母は阿波采女(あわのうねめ)。天平宝字(てんぴょうほうじ)2年(758)西海道問民苦使(もんみんくし)となり,民の疾苦29件を上申。宝亀(ほうき)3年参議。従三位にすすみ,大蔵卿,摂津大夫をかねた。宝亀7年6月13日死去。54歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原楓麻呂

没年:宝亀7.6.13(776.7.3)
生年:生年不詳
奈良時代の貴族。藤原房前と阿波采女の子。房前の第7子。楓万呂とも書く。天平宝字2(758)年に西海道問民苦使(「もみくし」とも)に任じられた。以後,右兵衛督,大宰府(太宰府市)の次官,右衛士督などを歴任し,宝亀3(772)年参議。この間,藤原仲麻呂の乱(764)での活躍で勲4等を得,道鏡が下野国(栃木県)へ左遷された際,その都落ちを促す役を務めた。

(増渕徹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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