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陸上競技 りくじょうきょうぎ track and field athletics

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陸上競技
りくじょうきょうぎ
track and field athletics

主としてトラックフィールドで,走・跳・投の各種目の時間,距離,高さなどを競う競技。スポーツとして行なわれるようになったのは古代オリンピック大会以降で,1896年アテネ開かれた第1回近代オリンピックでは 12種目が実施され,以後も引き続きオリンピックメイン競技となっている。

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デジタル大辞泉の解説

りくじょう‐きょうぎ〔リクジヤウキヤウギ〕【陸上競技】

主に野外競技場のトラックフィールド、また、道路で行われる、走る・跳ぶ・投げるの3基本技を中心とする競技の総称。競走・跳躍投擲(とうてき)マラソン競技など。

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百科事典マイペディアの解説

陸上競技【りくじょうきょうぎ】

広義には陸上で行われる運動競技の総称。英語のathleticsに相当する。一般には人間の基本活動である走,跳,投の運動を競技化したもの(track and field)をいい,時間,距離,高さを測定して優劣を競う。
→関連項目三段跳び人見絹枝陸上競技場リレーレース

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世界大百科事典 第2版の解説

りくじょうきょうぎ【陸上競技】

人類の基本的な動作である走る,跳ぶ,投げるの要素をスポーツ化したもので,独立した多数種目を包含する競技。格闘技のように単に勝敗を争うのではなく,時間や距離などの記録への挑戦も含むところに特徴がある。近代陸上競技発祥の地イギリスイギリス連邦諸国ではathleticsと称しているが,これがスポーツ,体育一般をさすこともあるため,アメリカ流のtrack and fieldを使うことが多い。ドイツ語のLeichtathletikに相当する。

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大辞林 第三版の解説

りくじょうきょうぎ【陸上競技】

陸上で行われる運動競技のうち、主として、走・跳・投の基本動作からなる競技の総称。短距離走・長距離走・ハードルなどの競走、走り幅跳び・棒高跳びなどの跳躍競技、砲丸投げ・円盤投げなどの投擲とうてき競技がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸上競技
りくじょうきょうぎ

走、跳、投の人間の基本三動作から発展したスポーツ各種目(100メートル競走、走高跳び、槍(やり)投げなど)を包括した競技。[加藤博夫]

歴史

獲物を追って走り、川や岩を跳ぶ、そして獲物に向かって槍や石を投げるなどの動作は、すでに原始時代から存在していたが、それを生活から切り離し、一定のルールのもとにスポーツ化していったのが陸上競技の原形であろう。したがってその起源を明確に知るのはむずかしいが、はっきり記録に残されているものでも、紀元前776年、ギリシアのオリンピアで開かれた古代オリンピックの第1回大会にさかのぼる。ここでは短距離競走(1スタディオン=約191.27メートル)が行われ、その優勝者の名前が残されている。しかし古代オリンピックは、明確な記録が残っている前776年を第1回大会としただけで、実際にはもっと古くから存在していたとみられ、前1370年説をはじめ諸説がある。また壁画などから、アジア、アフリカでもそれより古い時代に素朴な形での陸上競技が行われていたと想像できる証拠があり、明確に起源を知るのはむずかしい。
 古代オリンピックで行われた競技は、スポーツというよりは、父なる神ゼウスのための祭典競技であり、神の儀式の一部としての役割を果たしていた。当初、大会は1日だけで、短距離競走1種目だけであった。その後第14回大会(前724)になると往復競走(約384メートル)が加わり、以後、長距離競走、五種競技(短距離、幅跳び、円盤投げ、槍投げ、レスリング)、ボクシング、戦車競走などが追加された。幅跳びは亜鈴など重いものを両手に持ってはずみをつける跳び方、円盤は石や銅でつくられた重いもの、槍は重心近くに皮紐(かわひも)をつけてそれに指を通して投げるなど、多少形は違うにしても、紛れもなく現在の陸上競技種目の範疇(はんちゅう)に入るもので、古代オリンピック即陸上競技といっても過言ではない。同大会は、393年に廃止されるまで4年に一度のペースで実に1000年以上も続いた。
 陸上競技がスポーツの一つとして近代的な形をとり始めたのはルネサンス以降であり、その先頭を切ったのがイギリスであった。古代オリンピックは短距離から始まったが、近代の競技の始まりは長距離からだった。1740年ロンドンでの1時間競走が記録に残された最初の競技であり、ロードレースやクロスカントリーなど長距離走の形で発展し、やがては走高跳びや砲丸投げなどのフィールド競技も行われるようになった。そして1864年には、世界最古の対抗戦といわれるオックスフォード、ケンブリッジ両大学の対抗戦が始まり、2年後には全英選手権、1880年にはイギリス陸上競技協会も創設された。そしてこれが留学生などを媒体としてアメリカ、カナダ、フランスなどに広がっていくのである。
 陸上競技が本当の意味での国際競技になったのは、1896年の近代オリンピックの第1回大会からである。古代オリンピックの復活を目ざしてアテネで始まったこの大会の中心競技は、陸上競技であった。開会式後の最初の種目が100メートル走予選というのも象徴的である。以後、陸上競技はつねにオリンピックのメインイベントとして位置づけられ、今日に至っている。
 また国際的な組織づくりも非常に早く、1912年には国際陸上競技連盟(以下「国際陸連」と略称)を設立、本部をロンドン(現在はモナコのモンテカルロ)に置いた。そして1921年には世界共通の競技規則をつくり、世界記録公認制度も決めた。発足当時17か国だった国際陸連加盟国(国あるいは地域)も2012年の時点で213で、国際サッカー連盟などと並ぶ大組織の一つになっている。[加藤博夫]

記録の進歩

世界記録は年々更新され、とどまるところを知らないが、その要因には、(1)技術の進歩、(2)用具・施設の改良の二つがある。技術の進歩の好例は走高跳びである。正面跳びから始まり、バーの上で体を横に倒すウェスタンロール、さらにバーの上で腹ばいになるベリーロールとフォームが変わってきたが、1960年代後半に背面跳びという革命的な跳法が考案された。踏み切ったあと後ろ向きになり背中でバーを越す奇想天外なフォームだが、これによって世界記録は一挙に跳ね上がった。砲丸投げも同様で、1950年代にパリー・オブライエンParry O'Brien(アメリカ。1932―2007)が後ずさりでステップする常識破りのフォームを生み出して世界記録を大幅に伸ばした。ハンマー投げでもターンの技術の研究により1回転から2回転、2回転から3回転と進むにつれて記録は伸び、現在は4回転を行っている競技者が多い。
 一方、用具・施設改良の好例は棒高跳びのポールである。ポールは当初は木、やがて日本製の竹、アルミニウム、スチールと変化していった。1960年代に出現したグラスファイバー・ポールは従来とは比較にならないほどの弾力性をもつため記録はうなぎ登りに伸び、スチール時代の世界記録4メートル80センチ(1960)が、6メートル14センチ(2012年現在)となり大幅に更新されている。また1968年のメキシコ・オリンピックから採用されたタータン・トラック(ゴムの乳液を流し込んで固めたトラック)や助走路もその弾力性から短距離や跳躍種目の記録向上に大きな役目を果たしている。[加藤博夫]

女子種目の増加

オリンピックに女子の陸上競技が登場したのは男子より32年遅れた1928年のアムステルダム大会からであった。このとき男子の22種目に対し女子は5種目。しかもこのうち女子の800メートル走は日本の人見絹枝(ひとみきぬえ)選手ら参加者全員がゴールイン後ばたばたと倒れたため、女子には過酷として国際陸連は以後30年以上、女子に200メートルを超える距離を走らせなかった。しかし、第二次世界大戦後の女性の体格および社会的地位の向上は目覚ましく、1960年のローマ大会から800メートル走が復活、1964年の東京大会では400メートル走と五種競技が増えた。その後も長距離は1500メートル走、5000メートル走が増え、1984年のロサンゼルス大会ではついにマラソンまでがオリンピック種目となった。そのほか2000年のシドニー大会では、棒高跳びとハンマー投げも追加され、いまや男子と女子のオリンピック種目比率は、24種目対23種目となった。男子にあって女子にない種目は50キロメートル競歩だけになっている。[加藤博夫]

日本の陸上競技

近代的な形での陸上競技が日本へ移入されたのは、1874年(明治7)東京・築地(つきじ)の海軍兵学寮で開かれた「競闘遊戯会」が最初で、内容は150ヤード競走、走幅跳び、砲丸投げなど現在の陸上競技種目とほぼ同様だった。1878年にはアメリカ人ウィリアム・スミス・クラークの指導による札幌農学校の第1回遊戯会が行われた。またイギリス人フレデリック・ウィリアム・ストレーンジの主唱により東京大学でも運動会が開かれた。この東京大学の運動会はとくに人気があり、1883年(明治16)に第1回大会を開いて以来、約30年にわたって日本の陸上競技の中心となった。とくに東大の学生藤井実(1880―1963)は1902年(明治35)の東大運動会で100メートル走に10秒24、1906年には棒高跳びで3メートル90センチの二つの「世界記録」をつくった。当時はまだ国際陸連による世界記録公認制度はなく、日本はオリンピックにも参加していなかったため、情報交換による比較にすぎなかったが、それにしても非常にレベルが高く、1907年のアメリカの運動年鑑にもこの記録は残されている。
 大学の運動会に閉じ込められていた陸上競技が独立のスタートを切ったのは、1911年(明治44)のことである。1912年のオリンピック・ストックホルム大会に初参加を決めた日本は、その前年の1911年にまず大日本体育協会を設立、東京・羽田でオリンピック予選会を開いた。種目は陸上競技のみで、運動会とは違った日本初の陸上競技会であった。翌年のオリンピックには短距離の三島弥彦(やひこ)、マラソンの金栗四三(かなぐりしぞう)の2人が参加したが惨敗した。
 しかしこれを契機に日本の陸上界はしだいに力をつけ、1924年(大正13)のパリ大会では織田幹雄が三段跳びで6位に入り陸上競技で初入賞、1925年には日本陸上競技連盟が大日本体育協会から独立した。そして1928年(昭和3)のアムステルダム大会では織田が三段跳びで日本初の金メダルを獲得、以後、三段跳びで南部忠平(1932年ロサンゼルス)、田島直人(なおと)(1936年ベルリン)が勝ち、日本はオリンピック3連勝の偉業を成し遂げた。
 第二次世界大戦後、日本陸上で最初にオリンピックで金メダルを獲得したのは2000年シドニー大会女子マラソンでの高橋尚子(なおこ)である(高橋はこの功績により、女子スポーツ界で初の国民栄誉賞を受賞)。続く2004年のアテネ大会でも野口みずき(1978― )が金メダルを獲得し、日本女子が2連勝を遂げた。また2004年のアテネ大会男子ハンマー投げでは室伏広治(むろふしこうじ)(1974― )が優勝し、男子陸上で戦後初の金メダルを獲得している。
 そのほかオリンピック2位入賞者は、アムステルダム大会女子800メートル走の人見絹枝、ロサンゼルスおよびベルリン大会棒高跳びの西田修平、ベルリン大会三段跳びの原田正夫(1912―2000)、メキシコ大会マラソンの君原健二(1941― )、バルセロナ大会マラソンの森下広一(1967― )、バルセロナ大会マラソンの有森裕子(ありもりゆうこ)(1966― )の6人。3位入賞者はロサンゼルス大会走幅跳びの南部忠平、ベルリン大会走幅跳びの田島直人、ロサンゼルス大会三段跳びの大島謙吉(けんきち)(1908―1985)、ベルリン大会棒高跳びの大江季雄(すえお)、東京大会マラソンの円谷幸吉(つぶらやこうきち)(1940―1968)、アトランタ大会マラソンの有森裕子、北京(ペキン)大会男子400メートルリレー走の塚原直貴(なおき)(1985― )、末續慎吾(すえつぐしんご)(1980― )、高平慎士(たかひらしんじ)(1984― )、朝原宣治(のぶはる)(1972― )である。
 これをみると、第二次世界大戦前の日本の得意種目は三段跳びなどの跳躍種目、戦後は男女のマラソン、ハンマー投げなどということができる。とくにマラソンは第二次世界大戦後急激に伸び、男女ともほとんどのオリンピックで入賞者を出したほか、世界選手権でも1991年に男子の谷口浩美(たにぐちひろみ)(1960― )、1993年に女子の浅利純子(あさりじゅんこ)(1969― )、1997年に鈴木博美(1968― )が優勝している。また男子ハンマー投げでは室伏広治が2011年の世界選手権で優勝した。[加藤博夫]

競技種目

陸上競技は大別すると、(1)トラック競技、(2)フィールド競技、(3)混成競技、(4)ロードレースの四つに分かれる。
 トラック競技は、競技場内の走路を使う競走種目で、短距離(オリンピック種目でいえば100メートル、200メートル、400メートル)、中距離(同800メートル、1500メートル)、長距離(同5000メートル、1万メートル)のほか、ハードル、障害物競走、リレーが含まれる。これらの種目はいずれもピストルの発射音によってスタートするが、これまでのルールでは、どの選手も1回の不正出発(フライング)は許容されていた。しかし2010年1月からは「混成競技を除き、フライングは1回で失格」とルールが変更された。400メートルまでの競走は、スターティング・ブロックを用いるが、スターターのピストルが鳴るより10分の1秒以前に競技者の足がブロックを蹴ると、フライングとわかるよう電気的にセットされている。また200メートルまでのすべてのレースでは、真後ろからの追い風が毎秒2メートルを超えた場合、順位には影響ないが記録は公認されない。
 フィールド競技は、走路に囲まれた競技場のフィールド内で行われる競技で、跳躍種目と投擲(とうてき)種目に分かれる。跳躍種目のうち走幅跳び、三段跳びは横への距離を競う種目で、踏切線から着地点までを測るが、踏切線をはみ出した場合は無効試技(ファウル)となる。この両種目は真後ろからの追い風が2メートルを超えると記録は公認されない。走高跳び、棒高跳びは高さを競う競技で、3回続けて失敗すると次の高さへの挑戦権は与えられない。
 投擲種目のうち砲丸投げ、ハンマー投げは直径2.135メートル、円盤投げは直径2.50メートルのサークルからステップあるいはターンを使って投げ、槍投げだけが助走路を使って投げる。(1)定められた角度(槍投げ28.96度、他は34.92度)の範囲からはみ出して落下した場合、(2)投擲物が地上に落下する前に競技者がサークルまたは助走路(槍投げの場合)から出た場合、あるいは落下後でもサークルの半円の前半部から出た場合は無効試技となる。距離は投擲物が地面に残した痕跡(こんせき)のもっとも近い点から、サークルあるいは円弧の内側までを、それぞれの中心を結ぶ線で測る。円盤投げとハンマー投げは危険防止のためサークルの三方を金網などで囲むことを義務づけられている。
 混成競技は、トラック競技とフィールド競技を組み合わせた複数種目を1人で行い、その成績を点数に換算して合計点を競う競技である。オリンピックでは男子は十種競技、女子は七種競技がともに2日間で行われる。
 ロードレースは、競技場を離れて道路で行う競技で、マラソン、駅伝、競歩などがこれに入る。マラソンは従来はコースによって記録が大幅に変わるため記録は公認せず「世界最高記録」「日本最高記録」などの扱いであったが、国際陸連は2004年以降、コースの高低差などに一定の条件を決め、それをクリアしたコースの記録だけを公認することに変更し、以後は「世界記録」「日本記録」と呼称することになった。競歩はオリンピックでは道路を使っての男子20キロメートル競歩、50キロメートル競歩、女子20キロメートル競歩が行われている。[加藤博夫]
『日本陸上競技連盟編著『陸上競技ルールブック2011』(2011・あい出版)』

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