…歴代国司のうちには万葉歌人山上憶良がおり,《小右記》の筆者藤原実資の猶子資頼(すけより)もその一人であった。藤原資頼は1023年(治安3)落書(らくしよ),投文(なげぶみ)などによって窮地に立たされたが,これは伯耆国における国司苛政上訴闘争の一つとして位置づけられるものである。
【中世】
11~12世紀の中世的な郡郷制と中世荘園制支配体制の成立を中世の画期とすることができる。…
※「藤原資頼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...