…歴代国司のうちには万葉歌人山上憶良がおり,《小右記》の筆者藤原実資の猶子資頼(すけより)もその一人であった。藤原資頼は1023年(治安3)落書(らくしよ),投文(なげぶみ)などによって窮地に立たされたが,これは伯耆国における国司苛政上訴闘争の一つとして位置づけられるものである。
【中世】
11~12世紀の中世的な郡郷制と中世荘園制支配体制の成立を中世の画期とすることができる。…
※「藤原資頼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...