藤守村(読み)ふじもりむら

日本歴史地名大系 「藤守村」の解説

藤守村
ふじもりむら

[現在地名]大井川町藤守

宗高むなだか村の東、下小杉しもこすぎ村の南に位置し、東は駿河湾に面する。中世には藤守郷とよばれた。文禄二年検地高目録では高一千二六七石余。正保郷帳には藤森村とあり、田方一千二一〇石余・畑方三六石余、幕府領元禄郷帳では高一千三四三石余、幕府領(国立史料館本元禄郷帳)享保(一七一六―三六)頃は駿河田中藩領と旗本前田領の相給(享保郷村高帳など)。旧高旧領取調帳では旗本本多領一千一三五石余・同前田領二〇三石余の相給、ほかに大井八幡山王社領二〇石余・大学だいがく寺領七石余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 曹洞宗 廃寺 跡地

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む