藤守郷(読み)ふじもりごう

日本歴史地名大系 「藤守郷」の解説

藤守郷
ふじもりごう

建武元年(一三三四)七月一二日の後醍醐天皇綸旨案(南禅寺文書、以下とくに断らない限り同文書)に藤守郷とみえる(→江富郷。観応三年(一三五二)九月二一日には足利義詮が遠江守護今川範国に対し、郷内への軍勢濫妨狼藉を停止させており(足利義詮御教書)、さらに貞治三年(一三六四)一二月二六日、建武二年の太政官符を踏まえて再度守護使等の入部の停止、国役等の免許の御教書を与えている(足利義詮御教書案)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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