藤江熊陽(読み)ふじえ ゆうよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤江熊陽」の解説

藤江熊陽 ふじえ-ゆうよう

1683-1751 江戸時代中期儒者
天和(てんな)3年10月8日生まれ。京都で伊藤仁斎(じんさい)・東涯父子にまなび,播磨(はりま)(兵庫県)竜野(たつの)藩の儒官となる。藩の文教発展の基をきずいた。宝暦元年死去。69歳。播磨出身。名は忠廉。字(あざな)は平介。通称は直蔵。著作に「赤穂(あこう)郡志」など。

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367日誕生日大事典 「藤江熊陽」の解説

藤江熊陽 (ふじえゆうよう)

生年月日:1683年10月8日
江戸時代前期;中期の播磨竜野藩士;儒学者
1751年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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