蚫村(読み)あわびむら

日本歴史地名大系 「蚫村」の解説

蚫村
あわびむら

[現在地名]両津市蚫

北は東立島ひがしたつしま村、南西赤玉あかだま村、西は下久知しもくぢ城腰じようのこし村共有山と境する。やや湾曲した海岸の道沿いに家屋が並ぶ。村の中央部から南中みなみじゆう北中きたじゆうとに二分される。高地平坦面にある字かきうちに付属して、外畑そとばたけ大畑おおはたけなどの中心的耕地がある。慶長一八年(一六一三)に東立島村、慶安五年(一六五二)赤玉村との間に山境争論があった。草分といわれる惣左衛門家は、正徳五年(一七一五)永代名主が禁止された後も世襲制を維持している。元禄七年(一六九四)検地帳(蚫区有)では田四町六反余・畑八町四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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