日本歴史地名大系 「赤玉村」の解説 赤玉村あかだまむら 新潟県:両津市赤玉村[現在地名]両津市赤玉南の立間(たつま)村と北東の蚫(あわび)村の中間に位置し、西は国見(くにみ)山(六二九・五メートル)で青木(あおき)村(現新穂村)に接する。海に面して開けた山間の集落。西方の杉(すぎ)池に源を発する中(なか)川の用水を主流に、北に北(きた)川、南端に高野(こうや)川があり、各々段丘耕地を形成する。北中(きたじゆう)・仲中(なかじゆう)・小山中(こやまじゆう)・南中(みなみじゆう)・高野中(こうやじゆう)の五組に分れる。中川の上流字垣(かき)ノ内(うち)近くの沢は赤玉石を多く産出。大野(おおの)では、承応年間(一六五二―五五)頃から焼畑が行われたと伝える。寛文一二年(一六七二)の訴状(本間惣左衛門家蔵)によれば、当村の新右衛門は赤玉・蚫二ヵ村の蛸磯場の権利をもち、役銀として蛸二頭分銀七匁を上納してきた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by