蟹川村(読み)かにかわむら

日本歴史地名大系 「蟹川村」の解説

蟹川村
かにかわむら

[現在地名]北会津村蟹川

阿賀川西岸にあり、東対岸は小見(おみ)村・鍛冶屋敷(かじやしき)村(現会津若松市)、西はもと本村の下荒井(しもあらい)村。城下から軽井沢(かるいざわ)銀山(現柳津町)へ至る道の船渡場があった。本村の西に端村小出(こいで)、北に端村河崎(かわさき)がある。貞享二年(一六八五)の「中荒井与三十二箇村風俗帳」によると「元来下荒井村端郷、二十七年以前に別村に成」とあり、万治元年(一六五八)に独立した。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では下荒井村の高のうちに含まれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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