蠣崎村(読み)かきざきむら

日本歴史地名大系 「蠣崎村」の解説

蠣崎村
かきざきむら

[現在地名]川内町蠣崎

アンド山(六四五・七メートル)に発し、陸奥湾に南流するおとこ川の河口近辺に位置する。海浜沿いに東は宿野部しゆくのへ村、西は小沢こざわ(現脇野沢村)と接する。北には天狗森てんぐもり(五三六・三メートル)八郎はちろう(五九八メートル)あき(六三一・四メートル)が連なる。「東北太平記」によれば建武元年(一三三四)南部師行の目代武田修理太夫が配され、康正三年(一四五七)に至るまで父子五代にわたり蠣崎城に住したという。

雑書の寛文八年(一六六八)四月二九日条に「田名部浦之内川内、安渡、脇之沢、蠣崎、上方よりの商船拾五艘、此外松前船右所々へ船数拾八艘」とある。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に村名がみえ、寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」には高四三・六石余、うち畑二四・九石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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