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行遍 ぎょうへん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

行遍 ぎょうへん

1181-1265* 鎌倉時代の僧。
養和元年生まれ。京都仁和(にんな)寺で真言をまなび,道法法親王から灌頂(かんじょう)をうける。宝治(ほうじ)2年大僧正,東寺一長者,護持僧。同年高野山の本末騒動の責任をとわれ,東寺長者および兼任の高野山大伝法院座主(ざす)職をとめられた。文永元年12月15日死去。84歳。号は尊勝院,菩提院。著作に「参語集」。

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世界大百科事典内の行遍の言及

【宣陽門院】より

…その後,女院は近衛家実の女長子を養子とし,26年(嘉禄2)入内させて後堀河天皇の中宮にするなど,家実と結んで政局に介入,九条道家と競ったが敗退し,長子は29年(寛喜1)院号宣下,鷹司院と称した。 女院はすでに16年(建保4)信頼する仁和寺菩提院の行遍を通じ,別当三位家領阿波国宍咋荘を高野山蓮華乗院に寄進していたが,政争に敗退後,行遍への信任を強め,38年(暦仁1)庁分大和国平野殿荘,翌39年(延応1)別当三位家領伊予国弓削島荘を東寺に,同じく周防国秋穂二嶋荘を菩提院に寄進,東寺に供僧設置をはかる長者行遍を援助した。その後も女院は仏舎利,経論,仏像を西院御影堂に寄せ,42年(仁治3)安芸国新勅旨田,翌年,備前国鳥取荘を寄進,東寺に心を傾けた。…

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