西五十沢村(読み)にしいさざわむら

日本歴史地名大系 「西五十沢村」の解説

西五十沢村
にしいさざわむら

[現在地名]川俣町西福沢(にしふくざわ)

女神(めがみ)川支流境(さかい)川の上流域に位置し、北は東五十沢村、西は大久保(おおくぼ)村(現飯野町)・安達郡木幡(こはた)村(現東和町)。木幡山北麓の丘陵地帯で、規模の小さな谷が発達し複雑な地形をなす。南北に針道(はりみち)(現東和町)に至る街道、東西には飯野(いいの)(現飯野町)に至る街道が通り、集落は街道沿いや山間に散在する。元禄九年(一六九六)五十沢村が、東・西に分村して成立。享保一五年(一七三〇)幕府領から二本松藩預地となり、寛保二年(一七四二)幕府直轄領に復し、、宝暦五年(一七五五)会津藩預地、明和元年(一七六四)幕府直轄領に復する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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