西京田村(読み)にしきようでんむら

日本歴史地名大系 「西京田村」の解説

西京田村
にしきようでんむら

[現在地名]鶴岡市西京田

高田麦たかたむぎ村の南にある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録に村名がみえ、高二六〇石余。寛永元年庄内高辻帳では高四二三石余。正保郷帳では西経田にしきようでん村とあり田四五七石余・畑一四石余、寺領二七石余、新田がある。村内に最上氏家臣乙坂讃岐によって開発された讃岐興屋さぬきこうや一五〇石の一部があった。その後讃岐は庄内藩に仕えて三〇〇石を与えられ、当村の一部を知行地とした。讃岐の子六左衛門は正保二年(一六四五)家督を継ぎ酒田町奉行を勤めたのち、寛文三年(一六六三)当村に隠居した(「筆濃余理」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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