西任田村(読み)にしとうだむら

日本歴史地名大系 「西任田村」の解説

西任田村
にしとうだむら

[現在地名]根上町西任田町

五間堂(ごけんどう)村の北、中庄(なかのしよう)村の東に位置し、東に東任田村(現寺井町)がある。中世は郡家(ぐんけ)庄内中庄任田郷とよばれた。伝えでは安永元年(一七七二)に任田集落の中央で大火があり、それを機に東任田村と西任田村に分れたという。しかしすでに正保郷帳には東西二村が別々に高付されているので、それ以前に分れたとみるのが妥当であろう。江戸時代は加賀藩領であったが、寛永一六年(一六三九)より万治二年(一六五九)までは越中富山藩領。正保郷帳によると高九一五石余、田方五〇町七反・畑方三町余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高九一六石、免四ツ二歩(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む