西勝村(読み)さいかちむら

日本歴史地名大系 「西勝村」の解説

西勝村
さいかちむら

[現在地名]会津高田町勝原(かつはら)

藤川(ふじかわ)川左岸にあり、南西は富岡(とみおか)村、東は橋爪(はしつめ)村。若松より金山(かねやま)谷へ向かう道が通り、その両側に住居が並び、道の中央には堀が設けられていた。かつては一町ほど北にあって六斎市が開かれたので、大川(阿賀川)の西で市が立つの意として西河市(さいかち)村と記されたという。寛永二年(一六二五)の大火のため翌年移住、そのとき中央道路を広くしたという。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高七一四石余。寛文五年(一六六五)の「高田組郷村万改帳」では本田高七一五石余、免六ツ二厘四毛余、家数六六、竈九一、男二〇〇・女一六九、馬二九(うち五調三)、紙役として一六束を上納している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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