西十一条(読み)にしじゆういちじよう

日本歴史地名大系 「西十一条」の解説

西十一条
にしじゆういちじよう

昭和一二年(一九三七)成立した字。旧石狩通(いしかりどおり)・南一条西(みなみいちじようにし)一一丁目・南四条西(みなみよじようにし)一二丁目・南九条(みなみきゆうじよう)一一丁目・南十九条(みなみじゆうきゆうじよう)一二丁目・基線・帯広・北一線・北二線・北三線・南一線など。成立当時は北一―一〇丁目・南一―一九丁目からなる。西十条(にしじゆうじよう)の西に並行して南北に続く。南一条・南四条・石狩通は明治三三年(一九〇〇)から貸付けが開始された(帯広市史)。昭和四二年字緑ヶ丘(みどりがおか)の一部を編入。同四三年一部が新町東(しんまちひがし)・新町西(しんまちにし)となる。現在北一―一〇丁目、南一―六丁目・同九―一九丁目・同二四―三四丁目・同三九―四一丁目がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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