西十二条(読み)にしじゆうにじよう

日本歴史地名大系 「西十二条」の解説

西十二条
にしじゆうにじよう

昭和一二年(一九三七)成立した字。旧石狩通(いしかりどおり)・南一条西(みなみいちじようにし)一二丁目・南四条西(みなみよじようにし)一三丁目・南九条(みなみきゆうじよう)一二丁目・南十八条(みなみじゆうはちじよう)一三丁目・基線・帯広・北一線・北二線・北三線・南一線など。成立当時は北一―一〇丁目・南一―一八丁目からなる。西十一条(にしじゆういちじよう)の西に並行して南北に続く。南一条・南四条・石狩通は明治三三年(一九〇〇)から貸付けが開始された。昭和六年には帯広川とウツベツ川に挟まれた地域に帯広競馬場が移転してきた(帯広市史)。同四二年字緑ヶ丘(みどりがおか)の一部を編入。同四三年一部が新町東(しんまちひがし)・新町西(しんまちにし)となる。現在は北一―一〇丁目、南一―一八丁目・同二四―三四丁目・同三九―四一丁目がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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