西吉ノ目村(読み)にしよしのめむら

日本歴史地名大系 「西吉ノ目村」の解説

西吉ノ目村
にしよしのめむら

[現在地名]那須町富岡(とみおか)

奈良(なら)川右岸に接する丘陵小盆地部、山間の地に位置する。東・北は横岡(よこおか)村、南は白井(しろい)村(七ヶ村の内)。江戸時代を通じ旗本芦野領。西吉野目村・西吉目村などとも記し、単に吉ノ目村とも称したが、同じ那須郡内に吉野目村(東吉野目村)があるため、区別する意味で村名が定着した。慶安郷帳では田高七六石余・畑高七〇石余。改革組合村では高二一〇石余、家数一〇。享保一三年(一七二八)将軍徳川吉宗の日光社参に際して、奥州街道芦野(あしの)宿の助郷(勤高二三石)を勤めた(「芦野宿当分助郷帳」熊久保康正文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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