西境村(読み)にしざかいむら

日本歴史地名大系 「西境村」の解説

西境村
にしざかいむら

[現在地名]刈谷市西境町

西をさかい川が流れる。東は東境村、南は今川いまがわ村に接する。中世の東海道、のちの鎌倉街道はこの村を通った。重原しげはら庄に属し、応永一六年(一四〇九)の「熊野道者日記」(大乗院記録)に「一所重原本郷内井加屋にしさかい」とある。

近世の西境村は、刈谷藩領から元和七年(一六二一)西尾藩領、寛永一三年(一六三六)幕府領、寛永一五年西尾藩領、寛永二一年幕府領、正保二年(一六四五)西尾藩領、以後一時幕府領となり、文政五年(一八二二)沼津藩領・旗本加藤右近領として相給村となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む