西新殿村(読み)にしにいどのむら

日本歴史地名大系 「西新殿村」の解説

西新殿村
にしにいどのむら

[現在地名]岩代町西新殿

杉沢(すぎさわ)村の北に続き、東は東新殿村、北は上太田(かみおおた)村(現東和町)、西は上長折(かみながおり)村および初森(はつもり)村。村の西端を移(うつし)川が北流し、村の中央部は谷が広く開けて耕地・集落がある。「政宗記」をはじめ江戸時代の諸書に「西」とのみ記されることが多い。字六角(ろつかく)に嘉元二年(一三〇四)銘の六角供養塔があったが(松藩捜古)、現在は断片のみが残る。「仙道記」によると天正一二年(一五八四)六月、塩松(しおのまつ)の近辺西新殿に田村清顕が押寄せ、大内定綱と「十石畑」で合戦となったという。「仙道記」異本には「千石畑」、「奥羽永慶軍記」には「千石畠或作十石畠」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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