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田村清顕 たむら きよあき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田村清顕 たむら-きよあき

?-1586 織豊時代の武将。
陸奥(むつ)三春(みはる)城(福島県)城主。蘆名(あしな),二階堂,結城(ゆうき),佐竹などの諸氏と同盟・抗争をくりかえす。天正(てんしょう)7年娘の愛姫(めごひめ)を伊達政宗にとつがせ,伊達氏の力を背景に蘆名,二階堂両氏とたたかった。天正14年10月9日死去。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田村清顕

没年:天正14.10.9(1586.11.19)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。隆顕の子,母は伊達稙宗の娘。室は相馬顕胤の娘。田村氏は坂上田村麻呂の後裔で奥州田村庄(福島県田村郡)を代々領して田村氏を名乗ったという。元亀2(1571)年ごろ家督を継ぎ三春城主となり,各々姻戚関係のある伊達,相馬両氏の対立の調停役を務めた。このころ,隣境の二階堂,白河とこれと結ぶ蘆名,石川,佐竹諸氏の勢力にはさまれて苦境にあった。そこで天正7(1579)年娘の愛姫を米沢の伊達政宗に入嫁させ,伊達氏との盟約関係を強化し,二階堂,蘆名両氏と抗争を展開。三春の福聚寺に葬る。

(伊藤清郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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