日本歴史地名大系 「西新町村」の解説 西新町村にしじんまちむら 福岡県:福岡市早良区西新町村[現在地名]早良区西新一―七丁目・百道(ももち)一―三丁目・高取(たかとり)一―二丁目・藤崎(ふじさき)一丁目・弥生(やよい)一―二丁目・城西(じようせい)二―三丁目・昭代(しようだい)一―三丁目・祖原(そはら)、城南(じようなん)区荒江(あらえ)一丁目・荒江団地(あらえだんち)など室見(むろみ)川の河口右岸に位置し、東は福岡西(にし)町(現中央区)、北は博多湾に臨む。東西に唐津街道が通り、同街道から南へ三瀬街道が分岐する。街道沿いに町場の西新町が形成されている(福岡博多近隣古図)。博多湾に面した浜は文永一一年(一二七四)一〇月のモンゴル襲来の際、モンゴル軍が上陸、侵攻した地で、「八幡愚童訓」には「もゝ道」「百路原」とみえている。当地はかつては百道浜の南にあたる白砂の地であったが、元和四年(一六一八)に福岡藩主黒田長政が松を植樹したため紅葉(もみじ)松原(百道松原)と称された(続風土記)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by