西氷野庄(読み)にしひののしよう

日本歴史地名大系 「西氷野庄」の解説

西氷野庄
にしひののしよう

現大東市域の氷野村・新田(しんでん)村、現大阪市鶴見区に含まれる下(しも)村などを庄域とした庄園。西比野とも書く。正治元年(一一九九)六月一〇日の将軍(源頼家)家政所下文案(菊亭家文書)に「下 河内国氷野領住人 可以女房大宮局為預所并地頭職事」とあり、大宮局(押紙に「右大将家御妾大宮局」とあり)が氷野領の預所・地頭両職に補任されているが、この氷野領がのち西氷野庄となった。この下文によれば氷野領預所の所当・年貢は、源頼朝により四天王寺(現大阪市天王寺区)の西門持経一二口供料・同寺三ヵ院小人等養料に充てられていたが、大宮局への両職の移動により、今後は大宮局が納めることになっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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