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西洞院時慶 にしのとういん ときよし

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美術人名辞典の解説

西洞院時慶

安土桃山・江戸初期の公卿。初名公虎・時通、号松庶、一字名木。飛鳥井雅綱の孫安居院僧正覚澄の男。西洞院家を継いで従二位右衛門督に至る。のち落髪して法名を円空という。朝廷歌人として活躍、後陽成天皇に近侍して慶長勅版本の刊行に携わる。日記『時慶卿記』がある。寛永16年(1639)歿、88才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西洞院時慶 にしのとういん-ときよし

1552-1640* 織豊-江戸時代前期の公卿(くぎょう)。
天文(てんぶん)21年11月5日生まれ。伯父飛鳥井(あすかい)雅春の養子となって河鰭(かわばた)家を再興,天正(てんしょう)3年西洞院時当の養子となり跡をつぐ。慶長5年参議,16年従二位。日記「時慶卿記」は当時の社会・生活を知る好史料である。寛永16年12月20日死去。88歳。初名は公虎,時通。家集に「詠草」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

西洞院時慶

没年:寛永16.12.20(1640.2.11)
生年:天文21.11.5(1552.11.20)
安土桃山・江戸前期の公家。飛鳥井雅綱の孫で,安居院僧正覚澄 の子。伯父飛鳥井雅春の猶子となり河鰭家を相続し,さらに天正3(1575)年西洞院家を相続し右衛門佐と名乗り,名を時通と改めた。同19年7月従三位に叙せられ,名を時慶と改名。慶長5(1600)年1月参議,同16年3月右衛門督に任じられ従二位に昇った。この昇進は,娘たちが禁中へ入り,なかでも3女慶子は後陽成天皇の後宮に入り皇女ふたりを生んだことと関係するだろう。寛永1(1624)年出家,法名は円空。その日記『時慶卿記』は,大きな時代の変革期を生きぬいた公家の日常生活を記すだけでなく,公家の公務であった禁裏御番が社交の場であったことをも伝えている。酒をこよなく愛した人物であった。<参考文献>熊倉功夫『寛永文化の研究』

(藤田恒春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の西洞院時慶の言及

【西洞院家】より

…桓武平氏。すなわち桓武天皇の皇子葛原親王の子高棟王から出,平安時代の末ごろは公家平氏として栄えた。南北朝のころ,参議行時が住所にちなんで西洞院をもって家名とした。その後,1566年(永禄9)時当が死去したのち継嗣がなく,いったん断絶したが,75年(天正3)河鰭(かわばた)公虎が入って家名を継いで時通と名のり,のち時慶(ときよし)と改名した。この時慶および息男時直は歌学をもって聞こえた。公家としての家格は半家。…

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