西熊堂村(読み)にしくまんどうむら

日本歴史地名大系 「西熊堂村」の解説

西熊堂村
にしくまんどうむら

[現在地名]沼津市西熊堂・北高島町きたたかしまちよう寿町ことぶきちよう江原町えばらちよう若葉町わかばちよう松沢町まつさわちよう豊町ゆたかちよう駿河台するがだい高砂町たかさごちよう

愛鷹あしたか山の南麓、新中しんなか川の上流域、谷戸やと川の右岸に位置し、東は東熊堂村、南は上土あげつち町。村内を根方ねがた街道が東西に通る。寛永九年(一六三二)の徳川忠長改易後は幕府領であったが、元禄一一年(一六九八)旗本久世領となる。安永六年(一七七七)沼津藩領となり、同藩領で幕末に至った(国立史料館本元禄郷帳・「寛政重修諸家譜」「日記要録」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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