西野浦(読み)にしのうら

日本歴史地名大系 「西野浦」の解説

西野浦
にしのうら

[現在地名]蒲江町西野浦

竹野浦河内たけのうらごうちの東、入津にゆうづ湾南部の西浦にしうら湾に面し、惣名入津浦の内。後背は仙崎せんざき(四一二・一メートル)とそれに連なる山地である。慶長六年(一六〇一)の竹野浦組差出帳(佐伯藩政史料)に「にしのうら」とみえ、高一三石余、名請人として源五郎がみえる。正保郷帳では入津郷に属し、田高四石余・畑高三五石余。元禄見稲簿によれば下浦しもうら村の内で無高。旧高旧領取調帳では高一一三石余。なお享和三年(一八〇三)の郷村仮名付帳(佐伯藩政史料)によれば下浦村の枝郷で、地内に名加なかひがし中河原なかがわら(仲川原)日野ひの州野本すのもとがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む