西間門村(読み)にしまかどむら

日本歴史地名大系 「西間門村」の解説

西間門村
にしまかどむら

[現在地名]沼津市西間門

東間門村の西続きにある。南は海(駿河湾)に面し、集落は村内を横断する東海道(往還長東西四町四三間)に沿って形成されていた(宿村大概帳)。寛永九年(一六三二)の徳川忠長改易後は幕府領であったが、宝永三年(一七〇六)相模国荻野山中藩領となる。安永六年(一七七七)沼津藩領に転じ、同藩領で幕末に至った(明和六年「村案内帳」長倉家文書、「駿河国明細高付」個人蔵、「日記要録」など)。寛永改高附帳では田高二一八石余・畑高一七石余。元禄郷帳では高二六四石余。前掲明和六年(一七六九)の村案内帳でも同高で、同帳によると元禄七年(一六九四)から沼津宿の助郷役を勤めていた。薪秣刈場は愛鷹(あしたか)山南表の入会地を利用。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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