見かの浦村(読み)みかのうらむら

日本歴史地名大系 「見かの浦村」の解説

見かの浦村
みかのうらむら

[現在地名]上五島町三日(みか)ノ浦郷(うらごう)

相川(あいこ)村の南西に位置し、今里(いまざと)浦に臨む。佐野原(さのはら)川が注ぐ。北に跡次(あとつぎ)の集落があり、東の白木(しらき)山の南方に桂(かづら)山・佐ノ原の集落がある。宝亀九年(七七八)一〇月第一四次遣唐使船の第三船が唐から帰る途次に着岸した「松浦郡橘浦」(「続日本紀」同月二三日条)について、橘をミカンに当てた表記とみてミカノ浦、つまり当地であるという説がある。または浦の東岸の錦帆(にしきほ)瀬(きんぽ瀬とも)に三日間滞在したことに由来する地名ともいう。近世は平戸藩領および福江藩領の相給(二方領)で、それぞれ代官所が置かれた。正保二年(一六四五)の二方領四ヶ一領交境覚(荒木家文書)によれば、「三ケ之浦」に平戸領分屋敷が一つあるが、同浦の大淵は五島領分と定められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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