日本歴史地名大系 「観法寺村」の解説 観法寺村かんぽうじむら 石川県:金沢市旧河北郡地区観法寺村[現在地名]金沢市観法寺町西は森下(もりもと)川を挟んで南森下村。当地にはかつて真言宗一七坊があり、観法寺がその頭寺であったことから地名になったという(加賀志徴)。「普済禅語録」の行状に「七歳而同(加賀)国就于観法寺、翠髪教学」(永光寺文書)、「七歳隷州之観法寺、為童行」(曹洞宗全書)とあり、通幻寂霊の弟子で加賀安宅(あたか)(現小松市)聖興(しようこう)寺などに住し、のち越前に禅林(ぜんりん)寺(現福井市)を開いた普済善救が、文和二年(一三五三)七歳で観法寺に緑髪のまま入り、一三歳のとき浄住(じようじゆう)寺の寂室了光の許で薙髪するまで学んだという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by