角坂村(読み)かくさかむら

日本歴史地名大系 「角坂村」の解説

角坂村
かくさかむら

[現在地名]宍喰町角坂

芥付くぐつけ村の西に位置し、宍喰川が流れる。地内に観応元年(一三五〇)銘の板碑がある。寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図では「角坂村」、正保国絵図では「宍喰之内 角坂村」とある。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳では宍喰浦の枝村としてみえる。同一二年の検地帳(海部郡誌)では田七町六反余・高七八石余、畠一町二反余・高七石余。天和二年(一六八二)の蔵入高村付帳では高三四石余。享保九年(一七二四)百姓夫役帳(民政資料)では人数四人・夫役八歩であるが、五人組頭引・行役引・伝馬役引により有役二歩となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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