日本歴史地名大系 「角淵村」の解説 角淵村つのぶちむら 群馬県:佐波郡玉村町角淵村[現在地名]玉村町角淵烏(からす)川左岸、東は下茂木(しももぎ)村、北は上之手(かみのて)村、飯島(いいじま)村、西は群馬郡宇貫(うぬき)村、烏川対岸は緑野(みどの)郡立石(たついし)新田(現藤岡市)、同郡新町(しんまち)宿(現多野郡新町)、武蔵国賀美(かみ)郡毘沙吐(びしやと)村(現埼玉県児玉郡上里町)。毘沙吐村との間は藤木(ふじのき)渡で結ばれる。南部の烏川段丘上と下茂木村・上茂木村・後箇(ごか)村境付近には古墳が多い。角淵八幡宮縁起によると現在下新田(しもしんでん)にある玉村八幡宮の前身角淵八幡宮が、建久六年(一一九五)当地に創建されたといい、近世初頭まで当地に鎮座していた。そのため玉村八幡宮の大祭では当村が、上之手村と並んで流鏑馬番付一番の扱いを受けている。文中二年(一三七三)「つのふちの住人」の「たうしやう、彦四郎、又五郎、ひこ次郎」の四人が、紀州新熊野(いまくまの)社に願文を納めている(「角淵住人等願文」熊野本宮大社文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by