諏訪峠(読み)すわとうげ

日本歴史地名大系 「諏訪峠」の解説

諏訪峠
すわとうげ

新発田しばた街道の難所の一。津川町から渡船で角島つのしま村に渡って北上、この峠を越え、行地ゆくじ(現三川村)を経て新発田に至る。雪深く、最も嶮岨なところは駒戻こまもどり牛戻うしもどりと称した(新編会津風土記)。文化一一年(一八一四)に十返舎一九が書いた「金草鞋」には、「このとうげほどたかくなんぎなるはなし、あついじぶんでもとうげはさむし」とある。万治二年(一六五九)峠の道普請にあたっていたが、予想外の費用を要するので取りやめになっている(会津藩家世実紀)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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