謝名鄭迵(読み)じゃなていどう

改訂新版 世界大百科事典 「謝名鄭迵」の意味・わかりやすい解説

謝名鄭迵 (じゃなていどう)
生没年:1545-1611

琉球王国政治家。一般に謝名親方利山(じやなうえかたりざん)の名で知られ,鄭迵は中国名。琉球に移住した中国人の名家に生まれ,国子監に留学したあと王府最高のポストである三司官に就任した。対日本外交の上で強硬論を唱え,1609年の島津侵入事件琉球征服)により王国が征服されるや国王尚寧とともに鹿児島に連行された。だが,薩摩の統治方針に署名することをただ一人拒否,王国の名誉を固持したまま薩摩の斬首刑に従った。
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