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琉球征服 りゅうきゅうせいふく

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世界大百科事典 第2版の解説

りゅうきゅうせいふく【琉球征服】

1609年(慶長14)薩摩の島津氏が樺山久高を将とする3000余名の軍勢を派遣して琉球を侵略した事件。島津侵入事件ともいう。徳川政権は16世紀半ばに断絶した日明両国の国交回復を対外政策の基本とし,そのための対明交渉を琉球に斡旋させる目的で,1602年冬陸奥の伊達領に漂着した琉球人を島津氏に命じて本国に送還させ,琉球に聘問使(へいもんし)の派遣を要求したが,琉球側がそれに応ぜず,来聘問題は薩琉間の政治問題となった。

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世界大百科事典内の琉球征服の言及

【謝名鄭迵】より

…琉球に移住した中国人の名家に生まれ,国子監に留学したあと王府最高のポストである三司官に就任した。対日本外交の上で強硬論を唱え,1609年の島津侵入事件(琉球征服)により王国が征服されるや国王尚寧とともに鹿児島に連行された。だが,薩摩の統治方針に署名することをただ一人拒否,王国の名誉を固持したまま薩摩の斬首刑に従った。…

【尚寧】より

…おりしも日本との外交関係は危機的状況を迎えていたが,09年(慶長14)春,薩摩島津氏はついに3000の兵をもって琉球を侵略したが,琉球側には戦意がなく,ほとんど戦うことなく無条件降伏を余儀なくされた。その年尚寧は鹿児島に重臣とともに連行された(琉球征服,島津侵入事件)。翌年,駿府で徳川家康に,江戸で2代将軍秀忠に謁見し,鹿児島に戻って薩摩への忠誠を誓った後,2年半ぶりに故国の土を踏んだ。…

※「琉球征服」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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