かごしま【鹿児島】
[1]
※日本図纂(1561)「康国什麽 カゴシマ 鹿児島」
[三] 鹿児島県、
薩摩半島の北東部の郡。現在の
鹿児島市域もかつては含まれていた。
※二十巻本和名抄(934頃)五「
薩摩国 〈略〉鹿児島〈加古志万〉」
[2] 〘名〙
① 薩摩国(鹿児島県)で産出される紬(つむぎ)。
※雑俳・あふむ石(1839)「さやうかえ・かご島隅へちょっと脱」
※洒落本・窃潜妻(1807)下「かごしまの音からからと」
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鹿児島
かごしま
鹿児島県薩摩半島東部にある県庁所在地で,近世,薩摩藩の城下町として発展
中世を通じて島津庄の地頭,薩摩守護であった島津氏が,1343年以降根拠地とした。戦国時代に島津氏が薩摩・大隅 (おおすみ) を統一し,1602年鶴丸城を居城とした。近世城下町としては,島津氏の外城政策のため77万石の大藩があったわりには小規模であった。1863年薩英戦争で戦火をうけた。'89年市制施行。
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デジタル大辞泉
「鹿児島」の意味・読み・例文・類語
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鹿児島
かごしま
当初は古代以来の鹿児島郡をさしたが(一一月二四日「源頼朝御教書」旧記雑録など)、応長元年(一三一一)閏六月二四日の沙弥道本義絶状(同書)に「国分寺御領麑島尼寺田御年貢」とみえるように、一四世紀初頭頃から郡名とは異なる使用法も確認できる。守護島津氏久が東福寺城に入った文和三年(一三五四)以降は同城を(二月一一日「島津道鑑書状」同書など)、島津元久が清水城に入ってからは同城をさし(応永九年九月一一日「島津元久書状」同書など)、転じて守護所や守護(延徳二年四月一日「犬追物手組」同書、六月二〇日「島津忠朝書状」豊州季久系図)、さらに戦国島津氏をさすようになるとともに(天文二三年四月二〇日「島津日新起請文」旧記雑録など)、一六世紀に入ると清水城の城下をさすことになった(「空山日記」同書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報