谷八木村(読み)たにやぎむら

日本歴史地名大系 「谷八木村」の解説

谷八木村
たにやぎむら

[現在地名]明石市大久保町谷八木おおくぼちようたにやぎ

藤江ふじえ村の西、谷八木川の河口の西側に位置し、播磨灘に面した海辺沿いの村。西浦辺組に所属。慶長国絵図に「八木谷」とみえる。正保郷帳では田高四六三石余・畑高一四〇石余、小松原あり。天保郷帳では高六八六石余、旧高旧領取調帳によると二石が住吉社除地。村の規模は東西約四〇間・南北約三三間、城下西本にしほん町の札場から高札場まで約一里一三町。高札場一・板橋一・小板橋二・石橋三・池九・井戸四・郷蔵一があった。浜辺一帯の松林は藩主松平信之の時代に、田畑の防砂林として植林されたもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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