谷内新田(読み)おうやちしんでん

日本歴史地名大系 「谷内新田」の解説

谷内新田
おうやちしんでん

[現在地名]新潟市逢谷内・豊(ゆたか)二丁目・大形本(おおがたほん)町三丁目・逢谷内一―六丁目

海老(えび)ヶ瀬(せ)新田の西、通船(つうせん)川左岸に位置し、西は寺山(てらやま)新田。砂丘列上にあり、当初寺山新田と竹尾(たけのお)新田の中間に立地したといわれる。当時阿賀野川沿岸にあったため漁業を本業としたが、享保一六年(一七三一)流路が変わったため農業専業に変わったと思われる。開発は建武二年(一三三五)加賀国大聖寺(だいしようじ)城(現石川県加賀市)落城により来越した金柏兵右衛門によるとされ、以後、斎藤氏らが移住してきたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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