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豊山派 ブザンハ

大辞林 第三版の解説

ぶざんは【豊山派】

新義真言宗の一派。派祖、専誉。奈良県桜井市の長谷寺を総本山とする。1900年(明治33)一派として独立。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の豊山派の言及

【声明】より

…真言声明は寛朝(かんちよう)により大成するが,その後分派対立し,平安末には4流派に整理統合され,その中の1流派が南山進(なんざんしん)流として高野山を中心に今日まで伝承されている。また江戸時代初頭には南山進流の系統から分かれた智山(ちざん)派,豊山(ぶざん)派の両派が成立し,それぞれ京都の智積(ちしやく)院,奈良の長谷(はせ)寺を中心に伝統を伝えている。天台声明はやはり円仁以来分派していたが,良忍がこれらを統一して大成した。…

【根来寺】より

…和歌山県那賀郡岩出町にある新義真言宗の本山。根来山大伝法院と号し,根来寺は通称。覚鑁(かくばん)が1132年(長承1)高野山に建てた大伝法院に始まる。34年院宣により覚鑁が大伝法院と金剛峯寺の座主(ざす)を兼務したことで,金剛峯寺の衆徒と争いを生じ,覚鑁は40年(保延6)高野山からこの地に退き,新たに一乗山円明寺を興した。覚鑁の死後も金剛峯寺との対立は続き,ついに1288年(正応1)頼瑜(らいゆ)が高野山より大伝法院と密厳院などをここに移した。…

※「豊山派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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