貝那木城跡(読み)かいなきじようあと

日本歴史地名大系 「貝那木城跡」の解説

貝那木城跡
かいなきじようあと

[現在地名]村大字白石

南白石みなみしらいし集落南方約六〇〇メートル、標高五九七メートルの貝那木山頂に本丸・二の丸跡がある。南出丸・西出丸跡もあり、帯郭に二ヵ所の井戸があり、一つは現在も使用されている。二の丸と西出丸の間に八大竜王(白石行者)の参籠所がある。天文年間(一五三二―五五)多田延実が多田ただ城の出城として構築したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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