貴志弥右衛門(読み)キシ ヤエモン

20世紀日本人名事典 「貴志弥右衛門」の解説

貴志 弥右衛門(2代目)
キシ ヤエモン

明治〜昭和期の茶道家 甲南高等女学校名誉教頭



生年
明治15(1882)年2月

没年
昭和11(1936)年11月7日

出身地
大阪・心斎橋

別名
幼名=奈良 二郎,号=泉松庵 聴雪

学歴〔年〕
東京帝大卒

経歴
大阪心斎橋の洋反物商・貴志弥右衛門の長男に生まれ、幼名は奈良二郎。のち家業を継ぎ2代目を襲名。大正9年甲南高等女学校が創立されると教頭を務め、のち名誉教頭となる。一方、藪内流茶道を修め、11年京都の妙心寺に徳雲院を再興し、茶室聴雪居を設ける。また徳雲会を起こし、昭和4年から雑誌「徳雲」を主宰した。泉松庵聴雪と号し、茶湯三昧の生活を送った素封家として知られる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「貴志弥右衛門」の解説

貴志弥右衛門 きし-やえもん

1882-1936 明治-昭和時代前期の茶道家。
明治15年2月生まれ。大阪心斎橋の洋反物商。大正9年甲南高女が創立されると,教頭をつとめる。藪内流(やぶのうちりゅう)茶道をおさめ,11年京都妙心寺徳雲院を再興し,茶室聴雪居をもうける。昭和4年から雑誌「徳雲」を主宰。昭和11年11月7日死去。55歳。東京帝大卒。幼名は奈良二郎。号は泉松庵聴雪。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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