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雑誌 ざっし magazine; periodical

7件 の用語解説(雑誌の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

雑誌
ざっし
magazine; periodical

特定の誌名を冠し,種々の記事を掲載した定期刊行物。情報伝達,意見伝達,娯楽提供の機能をもつ。週刊,月刊が主であるがほかに旬刊,隔週刊,隔月刊,季刊などもある。種類は性格によって総合雑誌,専門雑誌,娯楽雑誌,教育雑誌,各種団体の機関誌,個人雑誌,PR誌などに,また購買層によって一般雑誌,サラリーマン雑誌,女性雑誌,学生・児童雑誌などにそれぞれ分けられるが,内容は評論,解説,実用記事などのほか時事問題,娯楽読み物,小説,漫画などを組合せている。

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デジタル大辞泉の解説

ざっ‐し【雑誌】

雑多な事柄を記載した書物。
複数の筆者が書き、定期的に刊行される出版物。週刊・月刊・季刊などがある。マガジン。
[補説]magazineの訳語として、柳河春三が慶応3年(1867)刊の「西洋雑誌」で最初に使った。

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百科事典マイペディアの解説

雑誌【ざっし】

一定の誌名を冠し,報道,解説,評論,娯楽,実用記事などをおもな内容とする継続的・定期的刊行物。情報伝達,知的啓蒙,娯楽提供,広告媒体の機能をもち,時事性と言論性を有しているコミュニケーションメディアとして,ジャーナリズムのなかでも独自の役割をになっている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ざっし【雑誌】

一定の間隔をおき長期にわたって刊行を続ける出版物。新聞や印刷通信物などとあわせて定期刊行物periodical,または図書館などにおいては逐次刊行物などと呼ばれることもあるが,新聞などにくらべると1号ごとの内容的なまとまりが強く,発行間隔がより長いことに耐えうるような編集,印刷,造本などの配慮がなされる。継続刊行ではあっても,双書などのように当初から全容がはっきりしていてその部分をかさねてゆくのとは異なり,1号ごとの刊行が主眼となり誌齢は試行の発展(または縮小)として結果する。

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大辞林 第三版の解説

ざっし【雑誌】

複数の執筆者や記者が書いた作品や記事・写真などを掲載する定期刊行の出版物。マガジン。 〔英語 magazine の訳語。「西洋雑誌」(1867年)の発行人である柳川春三の訳語とされる〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

雑誌
ざっし

定期的に号を追って刊行される仮綴(かりと)じ、冊子形態の出版物。種々の記事・記録を一定の編集方針のもとに集めて構成したものを原型とし、挿絵、写真、漫画などが加わるものが多い。英語で雑誌のことをマガジンmagazine、ジャーナルjournalともいうが、日本語の雑誌の起源はもともと倉庫を意味し、「知識の庫(くら)」の意のマガジンから洋学者の柳河春三(やながわしゅんさん)が雑誌とよぶようになったようである。漢字圏でも日本独特の用語である。中国語では、「月報」「周報」の使い方が一般的である。[鈴木 均・田村紀雄]

起源

今日の雑誌の起源は、17世紀にイギリスやフランスで本屋が愛書家たちに提供した書物カタログにさかのぼる。1665年独立した定期刊行物としてパリで創刊された『ジュルナール・デ・サバン』は、本の要約や作家の作品リスト、哲学、文学、科学などの分野の報告からなっていた。同年、それを模倣してロンドンでロイヤル・ソサイエティー(イギリス学士院)会報『フィロソフィカル・トランザクション』が創刊された。同時期、ドイツその他市民社会が成立した地域で雑誌が誕生し、新聞とは異なった定期刊行物のメディアとして発展していく。日本で今日の雑誌の原型となったのは、前述の柳河春三が1867年(慶応3)に創刊した『西洋雑誌』といわれる。自然科学、歴史、文化などオランダの雑誌からの翻訳を中心に、独自の記事も加えた美濃紙(みのがみ)半裁十数葉で、木版刷りの小冊子であった。文字と紙の歴史の古い中国の近代的な定期刊行物の出現は意外に新しく、1815年の『察世俗毎月統記伝』という新聞と雑誌の未分化な月報であった。[鈴木 均・田村紀雄]

種類

現在日本で定期的に発行されている雑誌の発行主体や判型等の主流は、以下のとおりである。
(1)発行主体 雑誌専門出版社、図書出版社、新聞社による雑誌発行が雑誌出版ビジネスの中心だが、これ以外にも、官公庁、一般企業、団体、大学等の発行元は非常に多い。
(2)判型別 週刊誌を中心としたB5、月刊誌を中心としたA5、そのほかB6、A3、B4などとなっているが、店頭での訴求力の増強をねらって、大型化、ときに変形の傾向もある。
(3)発行周期別 週刊、旬刊、隔週刊、月刊、隔月刊、季刊、年刊に分類できる。
(4)読者、内容別 総合誌、女性誌、文芸誌、大衆娯楽誌、児童誌、学年別誌などのほか多分野にわたる専門誌があり、統計に現れないもので、各種イエローページ(電話帳、住所録)、社内報、PR誌、カタログ誌、同人誌、サークル誌、タウン情報誌などが加わる。2000年代には、各種カタログ雑誌、通信販売用の雑誌、求人・不動産などの無料情報誌が参入してきた。また雑誌と書籍の中間をいくムックmookも多く、IT(情報技術)時代を迎えてCD‐ROMなどによる電子雑誌も拡大してきた。[鈴木 均・田村紀雄]

日本の雑誌

前出の『西洋雑誌』ののち、1874年(明治7)には福沢諭吉(ゆきち)らによる『民間雑誌』、明六社(めいろくしゃ)の機関誌『明六雑誌』などの啓蒙(けいもう)的評論誌が創刊された。滑稽(こっけい)風刺娯楽誌『団団珍聞(まるまるちんぶん)』(1877)、小説雑誌の始祖『芳譚(ほうたん)雑誌』(1878)、イギリスの『エコノミスト』を目ざした田口卯吉(うきち)の『東京経済雑誌』(1879)、小崎弘道(こざきひろみち)のキリスト教思想誌『六合(りくごう)雑誌』(1880)、女性読者を開拓した『女学新誌』(1884)そのほか多くの専門誌が創刊されて啓蒙と勃興(ぼっこう)の時期が終わる。しかし、明治中期ぐらいまで、新聞と雑誌の領域はかなり未分化であった。
 明治中期から末期にかけて、雑誌主導型の出版社も出現するなかで、雑誌が独自の商業的メディアになってゆく。これは、啓蒙期の雑誌と異なり、十分な利益が見込める読者数と雑誌広告の確立を意味した。読者の増加ということは、普通教育の達成による文字リテラシー(読み書き能力)の普及、雑誌を購入することのできる都市の賃金労働者の出現、電灯の普及などの要件が整ったのである。かくて、雑誌ビジネスとして名を残し、国民に大衆文化の影響を広める出版社が輩出する。民友社徳富蘇峰(そほう)主宰の『国民之友』(1887)は、平民主義を掲げ、ほとんどの雑誌の発行部数が1000部以下であった当時、万単位の売れ行きを示した。博文館は商業出版の先駆といわれ、ダイジェスト誌『日本大家論集』(1887)の成功を基に本格的な総合誌『太陽』(1895)をはじめ多くの雑誌を創刊し、雑誌王国を築いた。実業之日本社は『実業之日本』(1897)ほかを発刊して博文館に対抗し、販売面での返品自由の委託制度の採用、思い切った宣伝活動などによって勝利を収めた。1887年創刊の『反省会雑誌』は、99年『中央公論』と改題し、その後滝田樗陰(ちょいん)編集長のもと代表的な総合誌となっていく。
 大正から昭和初期にかけては、印刷技術や物流の改革により大量出版が確立し、『婦人公論』(1916)、『主婦之友』(1917。1954年『主婦の友』と改題)といった女性・家庭誌の隆盛がみられた。のちに、九大雑誌で空前の雑誌王国を築いた大日本雄弁会講談社(後の講談社)は、その名のとおり、東京帝国大学弁論部に端を発した『雄弁』という硬派の雑誌と、『講談倶楽部(くらぶ)』というやや軟らかい雑誌の双方で基盤を築き、あらゆる分野の雑誌に手を出してゆく、日本の商業雑誌ジャーナリズムの原形がつくられたと考えられる。この講談社の『少年倶楽部』(1914)ほかの雑誌群、なかでも「面白くて為になる」のキャッチ・フレーズで創刊された『キング』(1925)は150万部の発行実績をあげる。一方、大正デモクラシーの旗手吉野作造を主軸にして論陣を張った『中央公論』に対抗して、マルクス主義の旗を掲げた『改造』(1919)や、そのほかの社会主義誌、プロレタリア誌などの総合、文芸誌が続出した。日本独特の総合雑誌という文化の萌芽(ほうが)がここにある。1922年(大正11)4月最初の週刊総合誌『週刊朝日』(2月の創刊時は『旬刊朝日』)、『サンデー毎日』が同時期にスタートし、『小学五年生』『小学六年生』(ともに1922)など、学習と教育だけでなく家庭まで裾野(すその)を広げた少年・少女向け雑誌が成立、また『文芸春秋』(1923)、『家の光』(1925)も創刊された。1931年(昭和6)の満州事変を機に雑誌の発禁処分が増え、第二次世界大戦に入る過程で言論弾圧の強化、出版の国家統制が進み、『中央公論』『改造』などが廃刊に追い込まれ、権力のデッチ上げによって、これら総合誌に関係ある著者、編集者が検挙された。大衆向け雑誌の多くは国策に協力させられ、軍国精神の鼓舞、良妻賢母の勧めの役割を果たした。
 第二次世界大戦後、言論出版の自由の回復とともに復刊、創刊が相次いだ。1945年(昭和20)総合誌『新生』、ついで翌年『世界』『展望』『世界評論』『潮流』『思想の科学』などが相次いで創刊され、復刊した『中央公論』『改造』『日本評論』などとともに、民主主義を基調とする社会主義までの幅をもつ新しい論壇を形成した。この時期用紙不足が厳しく、資材をもった異業種資本が出版界に続々と進出する。GHQ(連合国最高司令部)から用紙の特別割当てを受けた『リーダーズ・ダイジェスト』日本語版(1946)は発行部数150万部を超え、戦後日本のジャーナリズムに影響を与える。そのほか大衆娯楽誌『平凡』(1945)、中間小説誌『小説新潮』(1947)、生活誌『暮しの手帖(てちょう)』(1948)など、新しいスタイルの雑誌も登場する。第二次世界大戦後のわずかな期間、あだ花のように咲いたカストリ雑誌は、読み物、風俗を扱い、エロ・グロといわれながらも、抑圧から解放された日本人の意識を象徴していた。戦後10年、創刊された多くの雑誌は、GHQの干渉、インフレの収束によって淘汰(とうた)され、次の時代に移る。
 1956年(昭和31)、週刊誌の世界に出版資本が進出、『週刊新潮』はその第一号だが、これを機に週刊誌の時代が始まる。総合誌『週刊文春』『週刊現代』(ともに1959)、女性誌『週刊女性』(1957)、『女性自身』(1958)、大衆誌『週刊明星』(1958)、『週刊平凡』(1959)、さらに少年漫画誌『少年マガジン』『少年サンデー』(ともに1959)などが新しい読者層を発掘、続く1960年代以降の雑誌界の主流として週刊誌が定着する。60年安保闘争のころまでオピニオン・リーダーたりえた月刊総合誌も、「戦後」が終わり、大衆社会の出現とともにしだいに影響力を失っていく。かわってこの分野に『潮(うしお)』(1960)、『現代の眼(め)』(1961)といった従来の出版社とは異質な資本によって刊行される総合誌が一時現れた。一部学生、インテリ層をとらえ、1959年創刊の『朝日ジャーナル』などとともに70年安保闘争までの思想界をリードする。『文芸春秋』は「国民雑誌」と称し、ヒューマン・インタレストに訴えるノン・フィクション中心の編集で、幅広い読者層を獲得して、伝統的な総合雑誌の型を破っていく。安保問題の終息とともに総合雑誌の影はしだいに色褪(あ)せ、人々の意識、スタイルも多様化、散漫化し、日本経済の高度成長と重なり、読者の関心は思想、文化、社会からビジネス、マイホーム、レジャーや趣味に移ってゆく。
 主婦向け家庭実用雑誌であった『主婦の友』『婦人倶楽部』『婦人生活』『主婦と生活』の女性4誌も、女性の職場への進出によって地盤沈下し、BG(ビジネスガール。のちに通称がOL(オフィスレディ)に変わる)、ないし働いた経験をもった主婦層の出現により、ファッション、レジャーを中心とするグラフ誌『anan(アンアン)』(1970)、『non・no(ノンノ)』(1971)、団塊の世代(ベビーブームの1948年前後生まれ)を対象にしたニュー・ファミリー誌『クロワッサン』『MORE(モア)』(ともに1977)などへと移行する。これは同時にテレビ時代下の雑誌としての大型化、視覚化の流れでもあった。少年少女世代と成人世代の中間にあるヤング市場を志向して、男性雑誌が生まれ、カー、ファッション、ミュージックにセックス、漫画に劇画のいわゆる「劇画世代」をつくりだす。『平凡パンチ』(1964)、『週刊プレイボーイ』(1966)が若い男性の風俗をリードし、ユニークなミニ・マガジン『話の特集』(1966)、新しいライフスタイルを提唱した『宝島』(1973)、ウェストコースト(アメリカ西海岸)の風俗中心の記事で受け、「タテ割り」のレイアウトで目を引いた『POPEYE(ポパイ)』(1976)は、10代後半から20代前半の若者対象のグラフ誌の原型をつくった。タウン情報誌『ぴあ』(1972)、パロディー誌『ビックリハウス』(1974)も同型の類似雑誌を生み出すユニークな誌面を創出した。
 1980年代に入って、出版界は、従来の雑誌界にはみられなかった種類の大衆誌を市場に加えて、「本の時代」から本格的な「雑誌の時代」へと入っていく。『Newton(ニュートン)』(1981)をはじめとする自然科学系大衆誌の続刊、豪華スポーツ誌『Sports Graphic Number』(1980)の発刊、総合ダイジェスト誌『ダカーポ』(1981)、熟年雑誌『新潮45+』(1982)、ビジネスマン向け高級経済誌『NEXT』(1984)など、雑誌は読者の興味により、ジャンル別、階層別、年齢層に応じて多様な展開をみせ、それは女性雑誌の相次ぐ創刊誌においてもまた例外ではなかった。こうした傾向は、出版界に限られなかったから、世は「大衆」の時代から「分衆」「少衆」の時代に変貌(へんぼう)しつつあるといわれた。そのなかで視覚に訴える新しい雑誌として、グラフィック・マガジンの『FOCUS(フォーカス)』(1981)や、あとに続いた『FRIDAY(フライデー)』(1984)があった。スキャンダラスなテーマを上手に扱って、男女共通の読者を把握し、最盛期は発行部数200万部を超し、「フォーカスする、される」「フォーカス現象」という流行語をも生み出し、各種大衆誌の写真ページが一斉にこの手法をまねるようになった。しかし、このスキャンダリズムも、過激に走りすぎたり、プライバシー意識の台頭、世論の批判もあって問題を投げかけて、21世紀になると下降に向かう。
 1990年代に入ると、1980年代に芽生え始めた情報誌が全盛を迎える。もともと地方都市のタウン誌に源流があったが、日本全体の脱イデオロギー、思想の低下、「情報化」のなかで、『ぴあ』をはじめ求人、アルバイト、住宅、商品カタログ、テレビガイド、安売り旅行券、ブライダルなどあらゆる分野に、情報誌がビジネス機会をみつけだすことになる。しかし、ビジネスとしての雑誌事業は、つねにリスクがつきまとい、終・廃刊も多い。1996年に雑誌『思想の科学』が創刊50年目にして終刊、また伝統のある『中央公論』は、99年に中央公論社が読売新聞の系列に入ることによって休刊を免れた。また、『FOCUS』は2001年休刊となった(この浮沈の激しい雑誌の膨大な創刊号コレクションが東京経済大学に所蔵されている)。
 2000年代に入ると、日本のグローバル化、IT化、さらに経済の不安定、高齢化、少子化など新しい社会問題の台頭により、雑誌出版にも潮目がみられることになる。多くの著名なアメリカの経済雑誌、ファッション雑誌、科学雑誌、ニュース雑誌の日本語版の発行である。『ナショナル・ジオグラフィック』『ニューズウィーク』『マネー』などである。これらの雑誌は水準が高く、日本の文化、教育に一定の影響を残している。また、健康、環境、安全、生活の質の向上を目ざす雑誌が生まれている。[鈴木 均・田村紀雄]

雑誌ライター

第二次世界大戦前の総合雑誌は、論壇といわれるアカデミズム中心の書き手にリードされるオピニオン・ジャーナリズムであった。第二次世界大戦後もその傾向は続いたが、週刊誌が雑誌の主流を占めるにつれて、専門のルポ・ライター、コラムニストが現れ、雑誌のセグメント化が専門の各種評論家を輩出させた。総合雑誌を舞台にして現れたのは、終戦直後の『日本評論』にルポルタージュの連載を続けた野口肇(はじめ)、村上一郎、ついで『中央公論』の三人組、藤島宇内(うだい)、村上兵衛(ひょうえ)、丸山邦男らであり、週刊誌出身者は草柳大蔵、梶山季之(かじやまとしゆき)、井上光晴(みつはる)、竹中労らであり、『文芸春秋』は、立花隆をはじめとして、大宅ノンフィクション賞を設けることによって、ルポ・ライターを含むノンフィクション・ライターを輩出させた。鈴木明や沢木耕太郎らがそうであるが、このほかにも電波ジャーナリズム出身の柳田邦男、田原総一朗、角間(かくま)隆、小中(こなか)陽太郎、新聞ジャーナリズム出身の本田靖春(やすはる)、上前(うえまえ)淳一郎、内藤国夫らにも多くの誌面を開放することによって、いわゆるニュー・ジャーナリズムの旗手たちを育成した。変り種は雑誌『思想の科学』で、男女、学歴、イデオロギーを問わず問題意識をもった書き手の登竜門になった。上坂冬子、大野力、しまねきよしは、その一例である。その後、一連の自動車工業労働をルポでとりあげた鎌田慧(さとし)、出稼ぎに焦点をあてた鎌田忠良(ただよし)、日韓問題を掘りおこした関川夏央(なつお)、斬新(ざんしん)な切り口で天皇制など日本という国の問題にアプローチしている猪瀬直樹、人物ルポ・アマゾン・電子技術など多方面で執筆した山根一眞(かずま)ら新しい世代が現れる。また女性のライターの台頭も著しい。日本の貧困の側面をついた久田恵、タウン誌編集者という変わり種の森まゆみをあげておく。しかし、この傾向も、20世紀の終盤には、情報誌が強大になるにつれ、オピニオンを武器としたライターに対して、情報、データを集めるタイプのフリーランスのライターが多数加わってきた。不況のなかで大学を卒業したもののなかには、いきなりフリーランスの仕事を自ら選びとるものもおり、時代の流れといえよう。
 ただ、日本の「物書き」と海外のライター、レポーターとの間には、いくぶんの相違がある。アメリカのライターの多くは、高い学歴、とくに大学または大学院でジャーナリズム・スクールを卒業したものが基本である。大学ですでにジャーナリストを目ざす教育カリキュラム、訓練、インターンシップを経験しており、学生時代に学内雑誌、リトルマガジンに執筆、取材、編集等にかならず参加してきている。その実業との接点のなかで、ライターの自主的団体、ギルド、専門機関のメンバーであることが必修条件である。彼らは、卒業して、地方の雑誌、業界専門雑誌から出発し、その筆力、取材能力、企画力を認められて大都市の雑誌に移り、最終的には、雑誌ジャーナリズムの王国ニューヨークやワシントンでの仕事を目ざす。社員記者かフリーランスライターかが問題ではなく、どのテーマに精通しているか、優れた記事をものにできるかが問われる。このようなポストの上昇移動を社会も期待している。彼らの活動は、ジャーナリストとしての高い教養、知識、技術、ネットワークのほか、厳しい職業倫理、ジャーナリストとしての社会的責任感に裏打ちされている。その職業団体は、つねに言論の自由と職業倫理に目を光らせており、違反に対しては名前の公表、除名などの制裁措置が課せられる。一方では、ジャーナリストへの国家や権力の不当な介入にはバックアップし、またジャーナリストの生活を援護するための仕事の紹介、原稿料の基準など周知する機関誌や年鑑(ライターズ・マーケット)の発行も行っている。それに対して、日本では、大学でのジャーナリスト専門教育の欠落、ジャーナリストの職業団体の未発達、ジャーナリストの適性、資格、能力の研究不足等があり、企業(雑誌出版社)横断的なジャーナリストの仕事(マーケット)は小さい。これらが、ジャーナリストの収入を不安定にしている。[鈴木 均・田村紀雄]

世界の雑誌

アメリカの雑誌は種類の多さと圧倒的な発行部数で他国の雑誌ジャーナリズムにぬきんでているが、国内では全国メディアの役割を果たし、海外雑誌への影響力も大きい。その変遷は近代雑誌盛衰の歴史でもある。初期はイギリスやヨーロッパの雑誌の焼き直しにとどまっていたが、南北戦争後、資本主義の急速な成熟に伴い、マスプロ商品の広告媒体としての社会的機能を認知されるようになった。印刷技術の発達、雑誌郵送に対する優遇措置が講ぜられるに至って雑誌の総数がしだいに増加し、全国をカバーするものがでてきた。1893年『マンシーズ・マガジン』発行人のマンシーは、製作原価を割る定価設定で部数4万を1年半後に50万部に伸ばし、この発行実績を基礎に巨大な広告収入の獲得に成功し、編集面でも広く一般大衆を対象に定め、アメリカン・ジャーナリズムの幕を開いた。マンシーの革命的な広告獲得システムは他誌にも影響を与え、『レディズ・ホーム・ジャーナル』を嚆矢(こうし)として100万部の販売部数を達成する雑誌が出現し始めた。
 1920年代以降広告に依存するマス・マガジンの時代が続き、新雑誌も登場するが、50年代なかばにはニューメディアとしての商業テレビの急速な普及によって、広告市場を奪われ、生産費の上昇、教育水準の向上、関心の多様化に対応できず、『コリアーズ』『サタディ・イブニング・ポスト』が廃刊に追い込まれた。テレビ視聴者に匹敵する購読者の獲得をねらった『ライフ』は年間予約料の大幅値下げを行ったが、発行部数を850万部まで伸ばしながら、予約購読者は読者増につながらないとする広告主の主張や雑誌郵送料の値上げなどで行き詰まり、同種の『ルック』とともに休刊するに至る。雑誌の主流はゼネラル・インタレスト誌からスペシャル・インタレスト誌に変わり、出版経営も広告収入依存型から一部売りを重視する販売収入依存型へ移っていく。20世紀末の時点で1号当り1000万部という発行部数をもつ巨大な雑誌がアメリカには少なくない。これは、日本では書店やキヨスク、コンビニエンス・ストアなど店頭販売に重点を置いているのに対し、アメリカでは、伝統的に郵送による年間(または数年間)予約読者に比重があること、また予約読者に大幅な値引きが実施されていることなど流通の仕組みの相違もある。その予約システムの代表が『リーダーズ・ダイジェスト』『TVガイド』『ナショナル・ジオグラフィック』などである。
 イギリスでは長い歴史をもつ雑誌が多く、高級誌の『エコノミスト』『ボーグ』、ユーモア誌『パンチ』などがよく知られているが、大部数ではない。発行部数の多い雑誌では、400万部前後の『サンデー』(新聞折込)、ラジオ・テレビ番組誌などあるが、アメリカのような大部数のニュース誌はない。これは大都市に大きな新聞があるためと思われる。フランスではニュース誌『レクスプレス』『ル・ポワン』『ル・ヌーベル・オプセルバトゥール』、グラフ誌『パリ・マッチ』、高級ファッション誌『エル』などが健闘しているが、いずれも部数的には伸び悩んでいる。ドイツではもっとも影響力のある『デア・シュピーゲル』、世界最大のグラフ週刊誌『シュテルン』、人間と自然を主題にした『ゲオ』、もっとも古い伝統をもつ女性誌『ブリキッテ』などが有名である。ロシアではユニークな風刺漫画誌『クロコディール』、ダイジェスト誌『スプートニク』、グラビア誌『アガニョーク』、政治に重点を置いた内容の『イトーギ』などが発行されているが、下降気味である。中国では文化大革命の際大半の雑誌が廃刊されたが、「四人組」失脚後、創刊、復刊されたものもある。自由主義社会と異なり、政府の新聞出版総署と共産党の厳重な統制下にあり、雑誌そのものの創刊、発行が許可制になっている。また雑誌用紙の配分も握られており発行は容易ではない。ただ、小平(とうしょうへい/トンシヤオピン)の「改革開放」路線以降、経済の資本主義化により、企業が活発化し、国民の生活向上意欲の増大で、雑誌メディアもこれに追随しなければならなくなっている。政府の発表では、雑誌は1970年にわずか21種であったものが、2007年には約1万種にもなった。各地でビジネス、生活、ファッション、風俗をテーマにした雑誌が生まれているが、政治や社会問題を扱う雑誌は依然として許可されていない。政治を扱う『北京(ペキン)周報』など党の管理下にある。その他の「商業雑誌」もつねに廃刊、停刊の瀬戸際にある。それでも、人気の高い大衆映画誌『大衆電影』、家庭雑誌『母嬰(ぼえい)世界』、商業家向け『商業文化』などは発行されている。[鈴木 均・田村紀雄]
『常盤新平著『アメリカの編集者たち』(1980・集英社) ▽尾崎秀樹・宗武朝子著『雑誌の時代』(1979・主婦の友社) ▽田村紀雄著『日本のリトルマガジン』(1992・出版ニュース社) ▽金平聖之助著『アメリカの雑誌』(1993・日本経済新聞社) ▽塩沢実信著『雑誌100年の歩み――時代とともに誕生し盛衰する流れを読む 1874―1990』(1994・グリーンアロー出版社) ▽荒俣宏著『20世紀 雑誌の黄金時代』(1998・平凡社) ▽佐藤卓己著『「キング」の時代――国民大衆雑誌の公共性』(2002・岩波書店) ▽桑名淳二著『データが語るアメリカ雑誌』(2002・風濤社) ▽桑名淳二著『アメリカ雑誌をリードした人びと』(2003・風濤社) ▽桑名淳二著『アメリカ雑誌は表紙で勝負する』(2004・風濤社) ▽山本武利編『新聞・雑誌・出版』(2005・ミネルヴァ書房) ▽森一道『香港情報の研究』(2007、芙蓉書房出版)』

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図書館情報学用語辞典の解説

雑誌

主題,読者層,執筆者層などにおいて一定の方向性を持つ複数の記事を掲載している逐次刊行物.逐次刊行物を雑誌と新聞に大別したり,逐次刊行物中の定期刊行物の中に雑誌を置いたり,あるいは,出版物を書籍と雑誌に大きく分ける出版流通などに見られるように,雑誌の位置付け方はさまざまである.現在の日本では,出版物の売上げ高の過半を雑誌が占めている.また,理工系の研究図書館では,資料購入費,利用の大部分を雑誌が占める状況にある.図書館では,雑誌の各号を年や巻単位で製本し,製本した雑誌は図書とみなすことが多い.

出典|図書館情報学用語辞典 第4版
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世界大百科事典内の雑誌の言及

【出版】より

…出版とは人間の思想を公表・伝達するために,パッケージとしての書籍や雑誌を製作,発行,販売する一連の営みのことである。書物は古代以来,粘土板,パピルス,羊皮紙,絹,それに紙など,さまざまな材料を用いて,筆写,印刷などの手段により,さまざまな形態で作られ,時間と空間の制約を超えて伝えられてきた。…

※「雑誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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