赤坂今井墳丘墓(読み)あかさかいまいふんきゆうぼ

日本歴史地名大系 「赤坂今井墳丘墓」の解説

赤坂今井墳丘墓
あかさかいまいふんきゆうぼ

[現在地名]京丹後市峰山町赤坂 ケビ・今井

丹後大地震で生じた著名な網野町あみのちよう生野内いくのうちの郷村断層に近接し、同断層が位置する丘陵の北東端部に丘尾切断して造築された墳墓である。

平面方形を呈し、その規模は南北長三九メートル・東西長三六メートルで、現高五メートルである。墳丘頂部に六基の埋葬主体があり、墳丘頂部を取囲むように四辺の平坦地や傾斜面に一九基以上の埋葬主体部を配している。中心主体部は南北長一三メートル・東西長一〇メートルの長方形を呈し、上面にやや大形の円礫が敷詰めたかのように集積していた。内部構造は未調査のため不詳である。発掘された第四主体部は中心主体部築造後、北辺西側に寄って主軸を反対の東西に置き、頭部を東側に配して穿たれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む