赤坂御門跡(読み)あかさかごもんあと

日本歴史地名大系 「赤坂御門跡」の解説

赤坂御門跡
あかさかごもんあと

[現在地名]千代田区永田町二丁目

弁慶(べんけい)堀と赤坂溜池(ためいけ)の境に設けられた江戸城外郭門。赤坂口は矢倉沢(やぐらさわ)往還(大山道)の起点で、正保国絵図に赤坂口とみえる。「江戸名所図会」には「この御門は北斗形とて、江戸御城の御構へ多きが中にも殊更勝れたる縄張なりといふ」と記される。枡形は寛永一三年(一六三六)筑前福岡藩黒田忠之による構築、門は同一六年加藤正直・小川安則による普請、安政三年(一八五六)修理。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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