赤坂田町三丁目(読み)あかさかたまちさんちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂田町三丁目」の解説

赤坂田町三丁目
あかさかたまちさんちようめ

[現在地名]港区赤坂三丁目

赤坂田町二丁目の南に隣接する片側町。東が元赤坂もとあかさか町代地・麻布網代あざぶあみしろ町代地と堀側の明地、西が赤坂新あかさかしん町二丁目。文政町方書上によると、起立・沿革は赤坂田町一丁目に同じ。南北は表・裏幅とも京間六〇間、東西は裏行が一八間余、一千九八坪余。家数七二、うち地主三・家主八・地借二七・店借三四。田町三―四丁目まで幅一間・長さ五〇間の普請方管理地を長谷川安清が借りて、文化一〇年(一八一三)床店を建てたが同一二年収公、渋江長伯預地になり床店も同人持。稲荷は同一四年正一位を受けた。元名主惣次郎は高野新右衛門・小宮善右衛門の下名主で、伝馬てんま町・田町一〇ヵ町のほか自分持の支配もあったが、芝西応寺しばさいおうじ町名主を命じられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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