赤坂裏伝馬町一丁目(読み)あかさかうらてんまちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂裏伝馬町一丁目」の解説

赤坂裏伝馬町一丁目
あかさかうらてんまちよういつちようめ

[現在地名]港区元赤坂もとあかさか一丁目

城の西南西にあって赤坂台地へ上る斜面北東部の、伝馬町の背後を裏伝馬町として分けた。東が赤坂御門と赤坂表伝馬町一丁目、南が赤坂表伝馬町一―二丁目、北が外堀(弁慶堀)、代官手付大和田邸、明屋敷番伊賀者堀内邸。

文政町方書上によると、沿革は赤坂表伝馬町一丁目に同じ。北側は東から西へ二方折回し、表・裏行とも京間九八間余、裏幅は下水幅を除き二方折回し七〇間余、裏行は東方六尺。南側は表京間五八間・裏幅五三間余、裏行は東方一八間余・西方二一間余、二千一九七坪余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む