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伝馬町 テンマチョウ

5件 の用語解説(伝馬町の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

てんま‐ちょう〔‐チヤウ〕【伝馬町】

東京都中央区北部、小伝馬町大伝馬町の地域。江戸時代、伝馬役が住み、また小伝馬町には牢屋敷があった。今は問屋街。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

伝馬町【てんまちょう】

近世の城下町において,幕府・大名の命ずる交通・通信業務に従う伝馬役を負担した町。江戸の場合,江戸府内から五街道にかかる人足・伝馬の継立てを負担した大伝馬(おおでんま)町・南伝馬町,江戸府内限りの公用の交通・通信に従う小伝馬町の三伝馬町があった。
→関連項目継飛脚

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世界大百科事典 第2版の解説

てんまちょう【伝馬町】

近世の城下町において,幕府あるいは大名の命ずる交通,通信のことに従う伝馬役を負担した町で,おおむね大手前付近に位置した。江戸の場合,日本橋近くに三伝馬町があった。江戸府内から五街道にかかる人足,伝馬の継立てを幕府の命により行うという道中伝馬役を負担した大伝馬町および南伝馬町,江戸府内限りの公用の交通,通信に従う江戸廻り伝馬役を負担した小伝馬町である。ほかに大伝馬町と南伝馬町に付属する町として1638年(寛永15)に起立した四谷伝馬町赤坂伝馬町があった。

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大辞林 第三版の解説

てんまちょう【伝馬町】

◇ 江戸開府の際、伝馬を業とする人々が集住した、現在の東京都中央区日本橋付近の町名。大伝馬町・小伝馬町に分かれる。のちに江戸を代表する問屋街となった。また、小伝馬町には幕府の牢屋敷が置かれた。
牢屋の異称。 「朝帰り座敷へ-が出来/柳多留 22

出典|三省堂
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日本の地名がわかる事典の解説

出典|講談社
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世界大百科事典内の伝馬町の言及

【宿場町】より

…宿場は従来の集落を基盤にしたものが多いが,新しく近隣から集めて形成した場合もあったので,一宿が行政上では数ヵ村にわたり,あるいは2郡にまたがることもあった。また城下町の場合は,宿に該当するのはその一部分であることが多く,伝馬町と呼ばれた区域がそれに相当した。 宿の長を古くは長者といったが,江戸時代には問屋といい,1名または2名ぐらいいて,人馬の継立てや休泊に関する業務をつかさどった。…

【大八車】より

…1815年(文化12)の芝車町名主の書上によれば,明暦の大火(1657)後江戸市中に普請多く,そのため木挽町辺に居住の牛車大工が初めて製造して以来流行し,現在では京,大坂その他諸国城下町でも使用されるようになったという。大八車の発達は馬や牛車の荷を奪うことになり,江戸伝馬町に役勤めする馬持ちを困窮させた。1700‐03年(元禄13‐16)には,伝馬町助成のために大八車に伝馬町で極印を押し極印賃を徴することが行われた。…

※「伝馬町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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