赤塩郷(読み)あかしおごう

日本歴史地名大系 「赤塩郷」の解説

赤塩郷
あかしおごう

嘉暦四年(一三二九)の鎌倉幕府下知状案(守矢文書)に「右頭、下浅野、小島、大隅孫三郎入道分、(大)倉郷大隅彦四郎知行分・赤塩郷地頭等」とみえ、大隅は太田庄地頭島津氏一族であるから、これらの諸郷はいずれも太田庄に属するものと考えられる。その後、天正一〇年(一五八二)北信地方を掌中に収めた上杉景勝が、島津忠直を長沼城主に任ずるとともに、所領を宛行っている中に「七百貫文 同領赤塩」とみえる(覚上公御代御書集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 領地 中世

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む