三水村(読み)さみずむら

日本歴史地名大系 「三水村」の解説

三水村
さみずむら

面積:三五・六六平方キロ

上水内郡の東部。東北は下水内郡豊田とよだ村、南は上水内郡豊野とよの町、西南鳥居とりい川をもって牟礼むれい村、西北信濃しなの町に接する。

斑尾まだらお(一三八一・八メートル)山麓から二つの丘陵が北から突出し、東部の豊田村境をなす山塊とともに、それぞれの間に、西の芋川いもがわ地区と赤塩あかしお地区の平地を形成し、西南の村境に沿って東流する鳥居川の河谷上の段階とで凹字形の平地を展開する。芋川地区の北端山中から流れ出た斑尾川が芋川平を南流し、中央丘陵の突端囲繞して北東へ流下している。

西南部の境界で鳥居川を中に相対する牟礼から、段丘上に出て、斑尾川に沿って、一つは芋川平を北上する飯山いいやま道、一つは赤塩地区を東北に下って、豊田村永江ながえを経て飯山地方に出る飯山道が通じ、これらと交差して西から東へ通ずる道筋として、北国脇往還の川東道があり、また鳥居川対岸の小玉こだまから東へ、ときに川東道と重複して豊野大倉おおくらを経て同浅野あさのへ通ずる北国東街道がある。

三水村
さみずむら

[現在地名]長野市信更町三水

東は氷熊ひぐま村、南は山嶺で田之口たのくち村・灰原はいばら村、北は山平林やまひらばやし村、東より西に低くなってさい川に面する。南の山麓に現県道篠ノ井―新町線が通じている。

村の南と東に湧水の多いことから三水の名が起こったという。集落には三水と今泉いまいずみがあり、各一村を称することもあったが近世はおおむね三水村のみが名称として記されている。

上尾あげお城平林氏の所領に属していたが、元和八年(一六二二)松代領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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