赤橋久時(読み)あかはし ひさとき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤橋久時」の解説

赤橋久時 あかはし-ひさとき

1272-1307 鎌倉時代の武将
文永9年生まれ。赤橋義宗(よしむね)の子。河内(かわち),摂津などの守護をつとめ,正応(しょうおう)6年六波羅(ろくはら)探題北方となる。のち評定衆,引付頭人(ひきつけとうにん)をへて嘉元(かげん)2年寄合衆兼官途奉行(かんとぶぎょう)。「新後撰和歌集」「玉葉和歌集」などに和歌がおさめられている。徳治(とくじ)2年11月28日死去。36歳。通称は陸奥彦三郎。法名は因憲。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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