赤羽新田(読み)あかばねしんでん

日本歴史地名大系 「赤羽新田」の解説

赤羽新田
あかばねしんでん

[現在地名]真岡市赤羽

京泉(きようせん)村・原町(はらまち)新田の北に位置し、北部は現芳賀(はが)郡市貝(いちかい)町と芳賀町の間に、槍穂状に深く突き出る新田村で、各郷帳に村名はみえない。もと赤羽村(現市貝町)枝郷で、赤羽村を知行していた旗本芦野の持添であった。延享三年(一七四六)原地新田として本村の高に入れられ、同年幕府勘定奉行の命による赤羽村原地新田検地帳(梁木恒男文書)が作られている。高二七七石余・反別一〇四町一反余。案内として連名している百姓は一五名で、これが村として公式に認められた端緒と考えられる。しかし本村自身も荒廃し、新田開発は行届かず、幕府巡見使に願出、幕府領に移管し、寛政四年(一七九二)より反永三文宛を納めながら開発が進められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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